珈琲豆の種類

  • 豆珈房・珈琲坂
    自家焙煎の豆珈房珈琲坂 15種類の珈琲豆 宅配もいたします300gから。 旧釧路市内・釧路町一部

珈琲坂

  • 〒085-0805 釧路市桜ヶ岡1-12-40 ヤマ(炭鉱)の喫茶ガイドセンター珈琲坂  ・炭鉱ガイド・・要予約お一人様1500円 坑内の中は入坑できません。

電話

  • 0154-91-6905

その他

  • 駐車場 4台可能
  • 営業時間 11:00~18:00
    不定休

あおぞらアート教室

  • パステリア書
    パステリア書講座を開講しました。 パステル和(NAGOMI)アート開講中。 珈琲坂店内で行っています。 要予約 材料費込 
2017年7月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31          
無料ブログはココログ

« 2016年6月 | トップページ | 2016年8月 »

2016年7月

2016年7月28日 (木)

(^^♪海岸道路をアートで

毎日 曇り空のお天気で・・おまけに 今日は雨で風も強い一日になりそうだ・・・

珈琲坂広報の 「ちょこっと あおぞら 日記」より  お付き合い下さい。

        rougeあおぞらアート教室からrouge

Img_0307_3Sさん作品

本州は 夏真っ盛り・・釧路は・・どんより曇り空ばかりです。

爽やかな気分で海岸道路を・・手前にある二本の木が色合いも良く素敵happy01

左側にある大きな森を 描くときに パステルを粉にして指で描くのですが

指でクルッと力を入れてと・・ クルッってと・・ 声を出しながら(笑) 和やかな時間が

過ぎていきましたね。

丁度 アートを 始めているときに 珈琲坂にいらしていた お客様が ・・・

絵は 苦手なんですよ・・・と Sさんと二人で 大丈夫ですよ  苦手な方

大歓迎です。。と  一度描いてみると 私でもと 思いますよ(o^-^o)

        お待ちしております。o(*^▽^*)o

2016年7月26日 (火)

春採のトサツ場の話

釧路湿原の画家 佐々木栄松さん作 「春採トサツ場」 今年 観に行きましたが

展示されていなくって 残念・・

ここに描かれている 女性のトサツ婦が 炭鉱の飯場と契約して 内臓をおさめていました

Img101_5

Dscf3817_3

丁度 絵に描かれている お牛さんが吊り上がられている 真下の「とよ」です。

女性が持っている 輪っかに 牛の手綱を入れて しゃがんだ所を ポカリsign02

牛は 気を失います・・・あとは絵の通りです。 当店で 詳しくはマスターにお聞きください

Dscf3828

75年前の 食糧難の時代 炭鉱では この様に区割りをして 畑を貸し出しました・

今でも この様にはっきりと 区割りが残っています

写真 右上 71年前のトーチカが残っています。( 写真撮影箇所は旧炭鉱火薬庫です)

Dscf3820

戦中の柳麺は 細きりうどんの事をいいます。 これは、大正時代から札幌でも

同じです。 これを飯場の人たちに ねぎと青のりだけで提供しておりました。

だしは 焼き節(ざっぱ魚を炭で焼き 天日干し) を使い 真ん中にのっている

内臓は 飯場の人たちが持ち込んで 南蛮を 沢山かけ ふーふー言いながら

食べていました。  ラードは 入っていません・・・日本人は ラードを入れ 内臓では

なく 肉の白身をいれ 南蛮はかけませんでした。

注文をするときは 「ソレ」で 通じていました。 通訳は着いてきませんでした・

(戦中の話です)

          では・・・また・・ば~いpaper

2016年7月20日 (水)

(^^♪初めてのアート

日中は お日様がのぞき込む 暖かいsun 一日になりましたね。

珈琲坂広報の 「ちょこっと あおぞら 日記」より   お付き合い下さい。

           rouge あおぞらアート教室から rouge

何度か 珈琲坂に ご来店頂き パステル和(なごみ)アートに 興味をお持ちになり

今回 初挑戦の Fさん ようこそ(o^-^o)

Img_0305Fさん作品

丘のアートに挑戦です。 初めてですか? と聞いてしまいました。

 初めて体験した感じは ご一緒していても わからないくらい スムーズに

楽しんでいました。 パステルを削り・粉にして指でクルクル塗って 色をつけていきます。

雲の出し方が 素敵・・丘に大きな木が ほっとした気持ちになりますね。

もっと 描いて 釧路の夕焼けアートに挑戦したいと・・・・描けますよ~~happy01

体調に留意しながら 気楽に参加してくださ~い(*^-^)

    お待ちしております。 o(_ _)oペコッ

2016年7月17日 (日)

太平洋炭鉱の塩工場が知人にあった、

Img099_7

                  太平洋炭鉱の塩つくり

敗戦後の 極端な食糧不足であり 太平洋炭鉱では 自営手段として

昭和21年5月知人に 製塩工場をつくった。海水をポンプでくみ上げ

直径6尺釜を5枚ほど取り付け海水を煮詰めた。濃度を濃くしたしたものを

4尺×6尺深さ30cmの釜に移し にがりと塩を分離する製法を取った。

毎日1カンの塩を取った。 昭和23年頃まで。

上の写真 上段の人が戦争から復員したマスターの父です・・似ています~^^

Img100_10

昭和23年から26年頃まで 春採湖の埋め立て用のズリの中から 石炭を拾い

沼尻界隈の人々は千代ノ浦海岸で 塩つくりをしていました。

本当に物のない時代だったのですね。

これよりまだ酷い 食糧難の東京に 釧路から昭和22年~24年の3年間

救援物資として 馬鈴薯53994トン、木炭48436トンなどを 送っていますが

なかなか 舟腹があかなかったようです。

まだ アップしたい写真があるのですが パソコンがなかなか言うことを聞かず・・・

        では・・・また・・バ~イpaper

« 2016年6月 | トップページ | 2016年8月 »